「風景」を通して地域の物語を豊かに。
そのような社会をつくっていきたい。

それぞれの地域には、その土地らしい「風景」がある。その風景をつくりあげてきた歴史、人々の暮らしを大切にして、地域の物語をより豊かにしていきたい。そして、そのような社会をつくることのできる人を育てていきたいと考える下村彰男教授は、風景を切り口に観光やまちづくりを見つめている。

観光学部(仮称)
下村 彰男教授

まちづくりのための地域資源を掘り起こす

観光やまちづくりは今、新しい局面を迎えています。かつては、観光といえば、美しい自然や面白い施設など「観光のための資源」が重視されていました。団体旅行が中心で、観光客は観光バスに乗って観光地を見て回るという「周遊型」の観光が望まれていたのです。その頃の観光では、観光客と地域の人が触れ合う機会はありませんでした。しかし最近では、例えば、農村に泊まり、そのライフスタイルを楽しむといった「滞在型」の観光へと観光客の志向が変わってきています。田舎の風景を文化財と捉え、人々の暮らしや生業を体験しつつ、その土地らしい食べ物や風景を楽しむ、地域の人と触れ合うといった観光が望まれるようになってきたのです。このように、地域の特性を掘り起こし、地域の住民にとっても価値のある「地域資源:まちづくりのための資源」が観光にとっても重要な資源であると捉えるようになり、それらを持続的に育てていくことが、地域にとって重要な課題となってきています。

「地域資源」とは、その地域ならではの「固有性」や、地域の諸事情と相互に関わる「複合性」といった性格を持っています。そして私は「風景計画」を専門とする立場から、「地域資源」としての森林をはじめとする自然環境の活用について、研究をしています。

土地の風土や生活から風景は生み出される

地域資源という観点から森林を見た場合、森林は単に木材の生産といった産業としての活用だけに意味があるのではありません。その地域の人々が日々の暮らしや生業のなかで培ってきた森林とのつき合い方によって形成された、地域独自の森林の姿にも重要な意味があります。日常生活や営みの場を取り囲む森林や自然環境の風景は、地域の人々が小さい頃から仲間同士やコミュニティで共有してきたものであり、地域にとって「絆」と言えるものです。森林や自然環境は「風景」としても重要な存在なのです。

みなさんは、森林を目にしたとき、それが地域によって異なる風景を生み出していることに気づいたことがあるでしょうか。以下の写真は日本各地のスギ林を撮影したものです。土地の性格や歴史、産業によって、同じスギ林でも風景に独自性が表れています。

例えば、日田のスギは住宅などの構造材として利用されるため、優良な同形質の木材を大量に作れるように、クローンのスギを育てているため整然とした風景となっています。吉野では醤油や酒を醸造するための樽材として利用されます。酒にいい香りをつけるための良質材とするために、種から(実生)高密度に植栽し成長速度を抑え時間をかけて育てますので、きめ細かい絨毯のような風景となります。また、北山のスギは、京都の家屋や庭園樹として活用するために、高密度に植えて幹の高い位置まで枝を切り落としながら丁寧に育てるために、真っ直ぐで上下の太さの変化が少ない幹が並んで見える風景になる点が特徴的です。諸塚の森林は「モザイク林」と呼ばれ、スギやヒノキの針葉樹林とクヌギなどの広葉樹林がモザイク状に混交したものです。この地域はシイタケの産地で広葉樹はシイタケの原木として育てられます。つまり林業とシイタケ生産という地域の産業構造を森林の風景から見ることができます。このように、地域には独自の風土や生活、歴史があり、それに伴って地域独自の風景が生み出されていくものなのです。私は風景を通して、その土地の豊かな物語に光を当て、観光客にも地域の人々にも伝えていきたい。そして、そのことを通して、物語がより豊かになるような社会をつくっていきたいと考えています。

日田(大分県)
吉野(奈良県)
北山(京都府)
諸塚(宮崎県)

土地と結びついた風景のあり方を考える人を育てたい

しかし、こうした地域らしさが失われつつあるという課題が生まれています。工業化の進展が、地域の人々の生活を便利にしていく反面で、地域の個性をなくした均質的な風景が作られていくという課題が見えてきたのです。

写真は、沖縄県石垣市白保の街角の風景です。向かって右側の珊瑚の垣と左側のコンクリート・ブロックの塀、みなさんはどちらに「沖縄(白保)らしさ」を感じるでしょうか。建築技術の進展や工業製品の広範な流通により、石垣市では島の気候風土に合わせて用いられてきた珊瑚の垣が姿を消し始め、コンクリート・ブロックの塀が増えていきました。こうして、風景の均質化により、地域の独自性が失われつつあるのです。そして、このような地域の課題を解決すべく、現在では地域の人々は「地域の風景」を守ろうと立ち上がり、また、地域を訪れる観光客にも環境保全への協力を仰ぎ、地域の人々と観光客とがともに地域らしさを守っていくという動きが見られるようになっています。観光学部観光まちづくり学科が目指すのは、こうした地域の資源を掘り起こし、地域の課題を解決するために、地域の人々とコミュニケーションをとっていくことのできる人を育てていくことです。そして、私は、風景計画を専門とする立場から、土地と結びついた風景のあり方を考えられる人を育てていきたいと考えています。

物事を知り、考えるのは“愉しい”作業

みなさんには入学後、観光まちづくりのさまざまな観点での専門的な知識を、講義を通して学ぶだけでなく、実際に現場を訪れ、地域の人々と触れ合い、自分の肌で感じて考え、さらに教室に戻り、教員や仲間と議論を重ねて学びを深めていってほしいと思います。

そのように学びながら、いろいろなことを知ったり、考えたりできるということはとても“愉しい”ことです。物事をいろいろな視点で見つめ、考えを組み立てていくということは本当に愉しい作業です。ぜひ、それを味わってほしいと思っています。また、この学科では卒業研究を必修としていますが、卒業研究では、未知のことを知り、考える面白さを存分に味わえます。時には苦しいこともあるかもしれませんが、教員と対話しながら思考を深め、時には現場の人々と共感しながら進めていくことも体験できます。みなさんは自分で考え、動き、社会と接点を持つことができる機会が与えられます。ですから、ぜひ、粘り強く、あきらめることなく、最後まで主体的に取り組む姿勢で、大学での学びに臨んでもらいたいと考えています。

観光学部(仮称)
下村 彰男教授
1955年生まれ。博士(農学)。東京大学農学部林学科卒業、同大学院修了。東京大学大学院農学生命科学研究科教授を経て、現職。日本造園学会理事・会長、日本観光研究学会理事・会長、日本レジャー・レクリエーション学会常任理事などを歴任。また、環境省、文化庁、観光庁などの省庁、東京都をはじめ各地の自治体の、審議会、各種委員会委員をも歴任する。専門は、造園学、風景計画学、自然資源管理、観光・レクリエーション計画。