「地域らしさ」を根底から見つめ、
守り育てる「観光まちづくり」を目指して。

地域に暮らす人も訪れる人もHAPPYな観光まちづくりのためには、「地域らしさ」を丁寧に捉え、ゆるやかに共有しながら、じわじわと守り育てていく仕組みが大切だという石山千代准教授。各地の観光まちづくりに携わってきた経験から、いま学生の皆さんに伝えたいこととは?

観光学部(仮称)
石山 千代准教授

地域の光を内側からも外側からも見つめなおす「観光まちづくり」

私たちは、失いそうになって初めてその存在や価値の大きさに気づかされるということがしばしばあります。昨今頻発している災害やいま渦中にある新型コロナウイルス感染症も非常に大きな契機ですが、地域では、例えば、地域に似つかわしくない開発や空き家問題、学校の廃校、祭りが開催できなくなるといった具体的な危機に直面して、その資源や環境の尊さを痛感するということが各地で繰り返され、現在進行中です。都会でもなじみの建物があった場所がある日更地になったり、思いのほか大きなマンションが建設されたりするといったことに遭遇して初めて、これまで当たり前だと思っていた場所や地域の良さを再認識して、まちづくりが活発になるといったケースも少なくありません。

観光とは、「地域の光を観せる」とよく言われますが、観光まちづくりは、地域の光を失ってしまう「前」に内側からも外側からも見つめ直し、照らし直して、地域に暮らす人と地域を訪れる人が共に「地域らしさ」を育てていける大切な取り組みだと、私は捉えています。

学生の皆さんには、可能な限り実際の地域に足を運び、まずは「この地域の魅力は何か?」「なぜ魅力的なのか?」というシンプルでありながらも重要な問いについて、暮らす人と訪れる人双方の目線から、ポジティブに考えてもらいたいと思っています。若い学生の皆さんの新鮮な感覚や懸命に取り組んだ活動は、地域の方々を元気づけることにもつながります。そして、それが学生の皆さんのモチベーションアップにもなるような良い循環が、地域と本学部との間で持てたらよいなと考えて、いろいろな準備を進めています。

地域を見つめ、気づいたことや考えたことを共有できる場が大切という石山准教授の「第43回妻籠冬期大学講座」での報告の様子 提供:公益財団法人妻籠を愛する会

「地域に暮らす人」も、「地域を訪れる人」も、両者の関係性も、ますます多様に

「地域に暮らす人」と「地域を訪れる人」について、もう少しお話しましょう。

「地域に暮らす人」については、よく「住民」や「コミュニティ」という言葉でひとくくりにされがちですが、年代や居住歴、お住まいの立地条件や同居家族の状況、どのようなお仕事をされているか等々といったバックグラウンドによって、まちづくりや観光への考え方が違うのはある意味当たり前です。まずは、このような「違い」を認識した上で、地域の暮らしや観光の好ましいあり方などについて、一定程度、考え方を共有することが大切です。

「地域を訪れる人」については、よく「観光客」という言葉でひとくくりにされがちですが、どこから、どのような目的で、誰と来るか等々によって、地域での過ごし方も行動も当然違ってきます。また、「地域に暮らす人」があえて「地域を訪れる人」となって、地域を楽しむことも、暮らしの豊かさにつながる大切なことです。

地域との関係性でいえば、初めて訪れる方から、季節ごとに足繁く通ってくれるリピーター、地域の祭りや生業等を担い手として支えてくれるサポーターまで、多様な形があります。最近は「関係人口」という言葉もよく使われていますが、「地域を訪れる人」と「地域に暮らす人」の境界もシームレスかつ多様になっています。また、特定の地域への思いがある人々が、新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、直接地域を訪れることができない中で「クラウドファンディング」やオンライン上で「地域を訪れる」などといった新しい形で、地域を支えることも急に身近になってきています。

「地域に暮らす人」も、「地域を訪れる人」も、両者の関係性も、ますます多様になっている中で、これらの多様性を認識した上で、地域の暮らしと観光との幸せな関係性をつくっていく地域デザインがいま求められています。情報や建設に関わる技術が解決する側面もありますが、それらをいかに「地域にふさわしい形で」導入するか、または導入しないかは、各地域が慎重に考えていかなければなりません。そのためにも、地域を歴史的にも空間的にも丁寧に捉え直し、さまざまな立場の方々の考えや行動を知り、守り育てるべき「地域らしさ」について根底から考え、共有する過程が不可欠です。

地域の「見える」魅力を支える「見えない」創意工夫の蓄積

地域や観光を取り巻く内外の状況が刻々と変わっていく中で、変化を予測したり対応したりしていくことも大切ですが、地域の方々がこれまで取り組んできたことやその根底にある思いに、目を向けることも大切です。そのような過去があって、未来によりよくつなげたいからこそ、現在の決断と行動があるのです。

妻籠宿から展望できる周辺と旧中山道沿いの全てを地域の資源と捉え、街道の旅人への素朴なおもてなしの心と共に大切にしてきた妻籠宿(長野県)
合掌家屋と自然環境、それらを支える結いの精神や風習を一体的に守り、世界文化遺産に登録された白川郷を臨む展望台(岐阜県)
沖縄の島の美しく秩序ある農村集落景観を、島民の精神的支柱である伝統的祭事行事、美しい海や浜辺を含む自然環境と共に守ろうとしてきた竹富島(沖縄県)

こちらの写真は、一見すると昔ながらの「変わらない」ように見える風景かもしれません。もしかしたら、皆さんの中にも訪れたことがある方もいるかもしれません。美しく懐かしいたたずまいが訪れるに値するとして、国内外の人々を惹きつけてきました。しかし、これだけ私たちの生活スタイルや価値観が変わっている中で、このような風景と地域の暮らしとを保つために、いずれの集落でも、「アヒルの水かき」のように見えないところで、ハード・ソフト両面から大変な創意工夫が行われています。

その一例として、こちらの3つの集落にはいずれも、住民の方々が守りたいと思っている地域の魅力と守っていくための行動などを明文化した「住民憲章」というものがあります。詳細は、今後の授業などでお伝えしていきたいと思っていますが、例えば、外部資本にむやみに集落の土地や建物を売ったり貸したりしないこと、集落の静寂を保つための方策、俗化した観光地にならないための営業のあり方、観光による利益を地域に還元していくことなどが各集落ならではの表現で明示されています。そして、実際に、地域内での土地や建物の売買や現状変更に関わる行為を、地域の方々があらかじめ把握し、より「地域にふさわしい」ものとなるよう、「住民憲章」に照らした調整を行う仕組みが長年にわたり運営され、改善を重ねられて今日に至っています。もちろん、行政も法制度の整備などその時々で重要な関わり方をしていますが、地域の方々が主体であるからこそ、持続的な仕組みとなっています。

このような取り組みは各地にありますが、意外と知られていません。その中には先人の知恵と、これからの観光まちづくりを考える時に大切な「地域らしさ」を守り育てていくためのヒントがたくさん詰まっています。各地の方々が苦労されて、じわじわとつくり上げてきた「見える」魅力を支える「見えない」仕組みの形成と運用のメカニズムを明らかにしたいと思って研究に取り組んでいます。研究と現場の最新の状況も、授業やゼミを通して、学生の皆さんにわかりやすくお伝えしていきたいと思っています。地域とは知るほどに深く、知らないことの多さに気づかされます。学生の皆さんには、地域を見つめることの難しさと、それゆえの発見の喜びを体感できる機会を大切にしてほしいと考えています。

地域の光と影をつなぎ、次世代へ伝えていく使命がある「観光まちづくり」

地域には、「光」もあれば「影」もあります。私は、震災後の都市計画の研究や沖縄に暮らした経験などから、地域や社会の「光」の「影」になってしまいがちな戦争や災害の記憶などを次世代へきちんと伝えていくことこそ、観光まちづくりのこれからの重要な社会的使命だと考えています。このようなことは、内向けの教育や外向けの観光施設整備などに収れんしがちですが、観光まちづくりが両者をうまくつないでいくことで、より良い形で伝えていけるのではないかと考えています。

複雑な国際情勢と新型コロナウイルスの感染拡大により、国境をまたぐ観光や交流が難しい状況に置かれている現在、国連による「国際観光年」(1967年)のスローガン「観光は平和へのパスポート」(Tourism; Passport to Peace)という言葉の意味を、観光や交流に関わるすべての人々の根源的な思いの再認識とともに、かみ締めざるをえない時代に私たちは生きています。

地域や観光に関わる学びには、正解もなければ完成もありません。だからこそ、本学科では、多様なバックグラウンドの教員が揃い、地域や観光に対しての多角的かつ柔軟な見方・考え方の修得が可能なカリキュラムと、学生一人ひとりの興味・関心に応じた学びの豊富な選択肢とを用意しています。

本学科のキャッチフレーズ「地域を見つめ、地域を動かす」の「動かす」ということは非常に大変なことであり、時間もかかることです。しかし、それぐらいの気概や覚悟を持って向き合っていかなければならないという、私たちの決意表明でもあります。

地域にはそれぞれの来歴と時間の流れがあります。それらを丁寧に見つめ、動くに値すると思われる提案のできる人と実際に動ける人が、いま各地で切実に求められています。地域への謙虚な気持ちと、社会の役に立ちたいという使命感をもった元気なみなさんとご一緒できるのを楽しみにしています。

観光学部(仮称)
石山 千代准教授
東京⼤学⼯学部都市⼯学科卒業、同⼤学院修了。博士(工学)。在学中、⽇本各地の豊かな⽣活⽂化とそれらを担う素敵な⽅々に出会い、感銘を受け、観光まちづくりに可能性を感じ、2003年(財)⽇本交通公社⼊社。研究調査部で、国や⾃治体等の地域振興・観光政策のコンサルティングと調査研究に従事。東京⼤学大学院工学系研究科特任研究員、東大まちづくり⼤学院⾮常勤講師を経て現職。専⾨は、地域デザイン、観光資源論、観光まちづくり、観光計画。日本都市計画学会論文奨励賞、日本観光研究学会著作賞、IFHPコンペ佳作等受賞。浅草文化観光センター整備検討委員会委員等歴任。共著に『観光まちづくり』(学芸出版社)『観光地経営の視点と実践』(丸善出版)等。